黎明の丘 〜 砂漠の王と氷の后より

        *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
         勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
         砂漠の王国を知略と武力とで堅牢に治める賢王カンベエと、
         傾城の佳人、氷の姫と謳われた美しき后シチロージ…という、
         勘7スキーには そりゃあ垂涎のお話ですvv
         そういう設定はちょっと…という方は、自己判断でお避け下さい。
 


古参の楽士の手元にて、
砂漠独特の楽器、
爪弾かれる絃が響かせるのはどこか物寂しい印象のする旋律で。
それでいて、そちらもまた楽器の一部なのだろか、
いかにも肉惑的な肢体へ、陽に灼けた肌を透かすほど薄い更紗をまとった踊り子の、
腰回りや手首足首に巻かれた佩に、
玉すだれの如く 数多
(あまた)下がった小さなメダルたちが。
手振りや足踏みにて刻まれる拍子に揺れ、
擦れ合っては“しゃりん・しゃんしゃら…”と涼しい音を立てる。
さすがは王宮お抱えの奏者らで、
踊り子が指先に挟んだ小さなシンバルのような鐘や、
くすんだ金色を鈍く光らせる、首の細長い中東独特の笛。
はたまた、馬の尻尾の絃が張られた弓にて弾かれる胡弓などなどと、
管弦交えた演奏は、人懐っこい響きが 胸に染み入ってのたいそう心地よく。
それへと合わせた踊り子の柔軟な舞いも、
その嫋やかさの中に…多少は媚びる気配もあるものの、
いやらしさはさして感じない、きらびやかで見事なもの。

 『明日にもお戻りになられるそうですよ。』

陽の落ちた後宮で、ささやかな宴が催されたのは、
気温や陽の高さにあまり大きな差はないながら、
それでもそろそろこの地方にも、冬が近づきつつあった頃合いのこと。
それは広大な砂漠の国を治める覇王・カンベエが、
珍しいことに ほんの半月ほど前から不在の王宮であり。
距離のある同盟国からの急を知らされ、それなりの軍勢を率いての遠出だが、
今の彼を脅かす存在など、一体どこの誰をと想像すればいいのやら。
それなりの経験も積み、本人の気性も加わってのこと、
それは堅実にして慎重、
されど、いったん戦場へ赴けば、
誰より苛烈に巧みに剣を振るうことで、遠国までその名を馳せた勇者でもあり。
よって、出征と言っても
実質は…同盟を結んだ領への“後ろ盾”役。
そこを威嚇する勢力への目配りと牽制のための視察のようなもの。
道程のそこここ、立ち寄る各地で様々に歓迎を受け、山のような貢物を捧げられ、
覇権がいかに確固たるものかをあらためて世に示して回っているような、
覇王による、正しく“行幸”に他ならぬ遠出であり。
そんな王が やっとのこと戻ってくるぞという報せを抱えた伝令が、
早馬により一足早く都へ駆け戻ったのが今朝のこと。
お出ましになられた折、
孤閨となるを寂しがらぬようにと、
後宮の王妃らへも言い置いていかれた予定と
さして大きく違うこともない日時であり。
よって、そろそろお戻りというのは判ってもいたのだが、
それでも、王のおわした空気をまといし使者による、
確たる事実と知らされたは格別で。
執務室や居室を構えし王宮棟はもとより、
数名ほどお抱えの王妃やら女官やらが詰める後宮でも、
雄々しい王の御帰還を喜ぶ気配がさわさわ。

  ―― だって やはりやはり、
     カンベエ様は わたくしたちの宗王様だから

壮年となられてもなお、
筋骨も隆々とした精悍さをたたえ、言動の切れも冴えも鋭くて。
それらを指して、精力家のように見えるのは、だが、
それだけ胆力が強くおいでであるだけの話。
よくよく練られた人性だから、
鷹揚で融通も利く柔軟さをお持ちじゃああるが、
その根底にあるのは、たいそう誠実で折り目正しい本質だとか。

 抜け目なくの目端が利くだけじゃあない
 巧みにして勇壮な武力に自信があるだけじゃあない
 それらを用いる御こころが、
 ご自身のありようや信念を、いつだって見失わずにおいでだから。

そんな格別の頼もしさあってこそ、
領地の境界なぞあってなきが如しなこの砂漠の大陸で、
だというのに、各方面への同盟をつないでの持ちこたえさせ、
危なげのない統治を永の歳月支えて来られたのでもあって。

  それでも…何かのおりにつけ

当たり前のご給仕などへ“済まぬな”などとのお声をいただくと、
傍づきの女官や侍女は、
どれほどの年月かけても慣れることのないまま、
その男ぶりへと舞い上がるのが常であり。
特に目をかけられてもないけれど、
お手付きなんてとんでもない話だけれど。

 くせがあるためにと長く延ばされた濃色の髪や、
 顎にたくわえておいでの髭もようよう映える、
 彫の深い精悍なお顔に、
 余裕があって重厚なその立ち居。
 深色の双眸に宿る、落ち着いた表情や、
 含蓄のあるお言葉が紡ぎ出される折の、
 少し低くて響きのいいお声…などなどと。
 どこをとっても、
 女性なれば間違いなく惚れ惚れとするばかりの
 男臭さと蠱惑をたたえておいでの偉丈夫だから。

よって、そんな王が永の不在からお帰りだとなれば、
宮へ仕える女性陣の浮き立ちようは、それはあからさまなものであり。
おいでであろうとなかろうと、その職務に差はない侍女らにしてみても。
后妃様がたの居廻りを殊更に整える手元もよく動くし、
お顔も晴れやかになるのは隠し切れないというものらしく。

  そして

そうまで判りやすくも落ち着かぬ様子にこそならぬものの、
数人ほど抱えられている王后妃らも、
何も感じないかと言えば…そんなことは全くのなく。
後宮の落ち着かぬ様子から、どこへ行っても追い回されたか、
金褐色の仔猫までもが、
お散歩もそこそこに自分の膝元へ帰って来たのへと苦笑した、
第一王后のシチロージが、

 『それでは、皆が落ち着けますように。』

何かしらの大きめの仕事、
ほれと押しつけてやれば、そうそう浮かれてもいられまいと。
そんな奇策として繰り出したのが、今宵の宴。
カンベエ様のいよいよの御帰還を祝っての、
あくまでも静かな内々の祝宴の晩餐をと言い出して、
滅多にはないことながら、
王妃らが一堂にお顔を揃えて、共に夕食をとることとなり。
そうともなれば…食事の支度のみならず、
他の王妃に気を遣いつつも、
負けない威厳は押し出さねばという装束や宝飾品の選定やら、
周囲に傅く侍女らの身だしなみやらを整えることが、
あっさりと最優先されてのこと、
内宮の浮ついていた空気もぴたりと静まったところがおサスガで。

 「……。」

今のところは三人を娶っておいでの王妃らそれぞれは、
自身の傍らを固める侍女らほどには、競争心というものも持ってはいない。
人生を賭けるほどの情熱に身を焦がしての、
好いた惚れたの末に嫁いで来たワケでなし。
どの妃も…第一王后のシチロージでさえ、
いわゆる“政略”による婚姻で娶られた身であり。
殊に、第三王妃のキュウゾウに至っては、
自身の生国である炯の国をカンベエが率いる軍勢に侵略され、
城まで落ちんという途轍もなく優勢だった攻勢を引く代わり、
表向きは“同盟”という格好で結ばれた属国関係へのお守り、
人質のような扱いでこの宮へやって来たようなもの。
まま、その点へはのちのち、シチロージから真実を聞かされたし、
それを裏付けるかのごとく、
炯の国からの使者に成り済まし、カンベエへと凶刃を向けた一派があったので。
非力な身を蹂躙されたのではなく、
他からの無残な侵略より護ってもらったのだ…という事実、
それなり飲み込めた姫だったものの。

 “……寂しくなんて。”

それまで交流が一切なかった国だけに、
大使も置かぬ、身寄りもない遠国の王宮へ、
侍女さえつけられずの単身嫁いで来たその日から。
烈火の姫はその紅蓮の双眸にただただ憎しみだけを宿していた。
自分の立場はわきまえていたし、
何より、あの屈強な王がこんなか細い娘にどうにか出来ようはずもなく。
それでもと秘密裏に護剣を身に帯びていたことも知った上で、
あっさりと組み伏せられては往生させられていた、屈辱の宵がどれほど続いたか。

  いつか、その首をかき切ってやると、

それだけをよすがにし、周囲を皆 敵と見做して過ごしていたものが、
実は…と、本当の敵を知らされ、
カンベエはむしろ、炯の国の憂いを断ち、
面目を守ってくれたのだという事実を理解してからのこっち。
それをもたらしてくれたシチロージと懇ろになりの、
キュウゾウがそれを知ったらしいと判っていつつも、
相変わらずの食えない男で居続けるカンベエであることが、

 “……。”

時折ひどく、キュウゾウを落ち着けぬ気分にしてやまぬ。
真の事情が明らかになったとて、
キュウゾウが政治という次元における“人質”なのに変わりはなく。
よって、ではではと大手を振って故郷に帰れるものでなし。

 “……………。”

いやまあ、
故国を恋い焦がれての末、体調が悪くなるほどともなったれば。
根は寛大なカンベエらしいので、
それこそ何かしらの言い訳、大義名分を考えてくれての、
炯の国へ帰りなさいと構えてくれる…かも知れない。
シチロージが時々“あの御方は実はお優しいのですよ”と言うのが、
今では何とはなく頷けるキュウゾウでもあり。


  でも………だから


どうしてだろうか、かつてはなかったことが時折この自分へと襲いくる。
ワケもなく そわそわしたりむずむずしたり。
居れば居たで、存在感の重い憎たらしい奴めと ただただ鬱陶しいのに。
居なければ居ないで、

 「……………。」

 どうしてだろうね、ひどく落ち着けない。

同座しているときは何を企むかこちらから視線を外さないところが、
じりじりして落ち着けなくて、鬱陶しかったはずなのにね。
見回したどこにもいない、王宮の中にもいないのが、
どうしてだろうね、落ち着けないキュウゾウで。
ただ夜伽のない晩ならば、
シチロージのところかなと思うことで、
ふんと息をつきつつも、安んじて眠れたはずが、

 少なくとも、ただ駆けただけでは辿り着けぬところにいるなんて。
 遠い遠い、此処から何百里も離れたところにいるなんて。

 「………。」

そうと思うだけで、喉奥が苦しくなるのはどうしてだろうか。

 「………、キュウゾウ殿?」
 「…っ。」

シチロージから話しかけられていたこと、
すぐには気づけなかったほど、気もそぞろでいたことへ。
ハッとしただけでなく、大きに狼狽しかかった年若い姫の細い肩へと、
温かい腕を伸べての、薄い背中ごと ぎゅうと抱いてくださった年上の后であり。

 「…? シチ?」

何だなんだと混乱するキュウゾウへ、
彼女もまたその人柄がよくよくこなれている、麗しき第一王妃が、
それはかぐわしい香の匂いも甘く暖かく、
端正なお顔に据わった、青玻璃のような双眸を優しくたわめる。

 「罪なお人はじきに戻ります。」

政務のためとはいえ、私たちをあっさりと放っぽり出したこと、
戻られたなら せいぜいとっちめてやりましょうねと、
くすすと楽しげに微笑った彼女だったのへ。
即座に(俺は)違うと憤慨しもせぬキュウゾウは、
確かに様子がおかしかったものの。

 『なに、私の言いようへ調子よくも乗って来て、
  真の本心を誤魔化す…という狡猾さは持たないのが、
  彼女のいいところじゃあありますまいか。』

本人よりもつまびらかに、
第三妃の困惑の正体を薄々感づいておいでだった紫の宮様は。
そんな謎めいた言いようでもって侍女らを煙に撒いてしまわれたそうで。
そしてそして、烈火の姫ご当人はといや、

 「…………姫様?」
 「キュウゾウ様?」

宴がお開きとなり、自分の宮へと戻る道すがら。
一体どうやって、少なくはなかった連れの眸を盗んだものか、
はっと気がつくとその美麗な姿は回廊のどこにも見えず。
もう陽も落ちて随分と経つのだから、
燈火を灯していても隅々まで明るい訳でなし。
どこかで見落としがあったやも知れぬと、
表面上は極めて粛々と、だがだが、その内心は全員が大慌ての態にて、
烈火の姫の行方捜しが始まったその一方で。






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